大判例

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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)574号 判決

原告

小松妙子

原告

小松越雄

原告

長嵜裕子

右三名訴訟代理人

楠本安雄

被告

朝長巌

右訴訟代理人

渡辺綱雄

小村義久

被告

東海興業株式会社

右訴訟代理人

梶原正

被告

東京都杉並区

右代表者区長

菊地喜一郎

右指定代理人

山下一雄

外三名

主文

一  被告朝長巌及び同東海興業株式会社は原告小松妙子に対し、各自金一二〇万円とこれに対する昭和五〇年七月一日からその支払がすむまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  原告小松妙子の被告朝長巌及び東海興業株式会社に対するその余の請求及び被告東京都杉並区に対する請求、並びにその余の原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告小松妙子に生じた費用の六分の一を被告朝長巌及び被告東海興業株式会社の負担とし、同原告に生じたその余の費用を同原告の負担とし、被告朝長巌に生じた費用の三分の一及び被告東海興業株式会社に生じた費用の三分の二を原告小松越雄及び原告長嵜裕子の負担とし、被告朝長巌に生じた費用のうち二分の一及び被告東京都杉並区に生じた費用は原告らの負担とし、被告朝長巌及び被告東海興業株式会社に生じたその余の費用並びに原告小松越雄及び長嵜裕子に生じた費用は各自の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告朝長巌は原告らに対し、別紙目録(二)記載の家屋のうち、別紙図面(一)及び(二)の各赤斜線で特定される部分を撤去せよ。

2  被告朝長巌、同東海興業株式会社は、連帯して、原告小松妙子に対し三二五万円、同小松越雄に対し一五〇万円、同長嵜裕子に対し一〇〇万円及び右各金員に対する昭和五〇年七月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告東京都杉並区は、原告小松妙子に対し六五万円、同小松越雄に対し三〇万円、同長嵜裕子に対し二〇万円及び右各金員に対する昭和五〇年七月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告朝長巌)

1 原告らの被告朝長に対する請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(被告東海興業株式会社)

1 原告らの被告東海興業株式会社に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(被告東京都杉並区)

1 原告らの被告区に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  位置関係・地域性等

(一) 別紙目録(一)記載の土地(以下被告朝長土地という。)は被告朝長巌(以下被告朝長という。)の所有であり、その北側に隣接する別紙目録(三)記載の土地(以下原告ら土地という。)は原告ら三名の共有するものである。

(二) 被告朝長土地と原告ら土地は、国電西荻窪駅から徒歩で約一〇分の善福寺池に近い閑静な住宅街に位置し、いずれも都市計画上の第一種住居専用地域、第一種高度地区に指定されている。

(三) 原告ら土地上には原告ら三名共有の別紙目録(四)記載の家屋(以下原告ら家屋という。)が存在し、原告小松妙子(以下原告妙子という。)は昭和一六年から現在まで右家屋に居住しており、原告長嵜裕子(以下原告裕子という。)は同年から昭和四三年まで、原告小松越雄(以下原告越雄という。)は昭和二二年から後記のように被告朝長が新家屋を建築するまでそれぞれ原告家屋に居住していた。

(四) 被告朝長土地上には従来から被告朝長所有の二階建家屋が存しており、右家屋は昭和三八年に原告らの同意なく被告朝長土地に約二〇センチメートルの盛土をした上増築されたが(以下、右増築後の家屋を旧家屋という。)、旧家屋は冬期間は原告ら土地・同家屋に日影を及ぼしていたが、北側を大きくあけた旧家屋の形状、盛土の程度等により、日照通風等の点において原告ら土地、家屋に与える環境被害は比較的軽微であり、これにより原告土地は高級住宅地としての比較的良好な生活環境と財産的価値を維持してきた。

2  被告らの行為

(一) 盛土

昭和四九年八月頃、被告朝長土地において、被告朝長を建築主、被告東海興業株式会社(以下被告会社という。)を設計・施工者として旧家屋取毀・新家屋建築工事が着手され、その際、被告朝長土地に盛土(以下本件盛土という。)がなされた。

本件盛土は、別紙図面(三)中のA点付近で高さ八七センチメートル、同D点付近で高さ八九センチメートルであり、また被告朝長土地の北側境界塀に接した部分では、同BM1点を基準として一五三センチメートル高く、これに若干のコンクリート舗装部分が含まれるにせよ、結局被告朝長土地北側の、原告ら土地との境界に接する部分の盛土は実質的にみて八八ないし一〇〇センチメートル前後に達するものであり、従来から道路よりも高かつた被告朝長土地の旧地盤面は更に右盛土により高くなつた。

(二) 被告建物の建築

被告朝長と被告会社は、以上のとおり盛土した地盤上の新家屋の建築に着手したが、右盛土及び建築は、同年八月一三日付の右新家屋の建築についての被告東京都杉並区(以下被告区)という。)建築主事の建築確認処分に反する違法工事であつたため、被告区の命令により新家屋建築工事は一旦停止された。

しかるに、被告朝長と被告会社は被告区に対しあらためて別紙目録(二)記載の家屋(以下本件家屋という。)の建築確認の申請をなし、被告区の建築主事は同年一一月二六日建築確認処分をなした。これに基づき前記盛土された被告朝長土地上に本件家屋の新築工事が再開され、昭和五〇年六月末までに完成した(但し、その現況は前記建築確認に反する部分がある。)。

3  被告らの行為の違法性

(一) 前記のとおり、被告朝長は建築主として、被告会社は設計、施工者として、本件盛土をし、かつ被告朝長土地上に本件家屋を建築したが、右の各行為は次のとおり違法なものである。

(1) 昭和四八年東京都告示第四九六号によれば、第一種高度地区における建築物の各部分の高さは、当該部分から隣地境界線までの裏北方向の水平距離の0.6倍に5メートルを加えたもの以下に規制(以下北側斜線規制という。)されている。

右東京都告示は、附近住民の日照保護を直接の目的とするものであるところ、それによると建築物の各部分の高さは、地盤面からの高さによるものとされている。そして、本件のように地盤面が当該建築に際して盛土され、旧地盤面より著しく高くなつているような場合には、建築物の高さは、右盛土前の旧地盤面を基準として測定されるべきである。そして、北側斜線制限による軒高の高さの許容範囲は、6.6146メートルであるところ、旧地盤面からの本件家屋の軒高の高さは、7.335メートルであり、右家屋は右制限に違反する建築物である。

しかるに、本件家屋は、本件盛土後の新地盤面を基準として第一種高度地区の高さ制限を測定したところによつて建築しているものであり、右建築は違法である。

(2) 東京都建築安全条例第七条によれば、三階を居室とする木造建築が禁止されている。そして、右東京都条例における当該部分が三階か否か、地階か否かの判定は、旧地盤面を基準として行われるべきであり、右基準によれば被告家屋は三階建てというべきであり、この点においても違法である。

(3) 本件盛土は、更に次の点において違法である。

すなわち、土地は周辺の土地と連続して存在するものであり、特定の土地だけがむやみに盛土されたり掘削されたりすることは、日照・通風・排水・衛生・安全その他環境上各種各様の影響を周辺にもたらすこととなり、特に盛土行為は自由に許されるべきものではない。殊に、本件のような平坦な住宅街において自然の地形を変更し、前記のような本件盛土をすることは、影響を受ける周辺の土地所有者等の承諾を得たような場合或いは盛土をすることにつき正当な事由のある場合に限つて許されるべきである。

本件盛土は、原告らの承諾も、何らの正当事由もなく、盛土によつて生ずる新地盤面から軒高を測定することにより北側斜線制限を、地盤面を高くし本来ならば一階となるべき車庫を地階のように見せかけることにより前記東京都建築安全条例第七条の三階を居室とする木造建築の禁止規定を、更には実質的には三階建の家屋を二階建の如く装うことにより杉並区中高層建築物指導要領をいずれも潜脱する目的のためになされたものであつて違法である。

(二) 被告区は、前記のような違法な被告朝長の本件家屋の建築確認申請に対し、本件盛土の必要性の審査など適正な行政上の措置もとらずに建築確認をして、被告朝長、被告会社の違法な本件家屋の建築を可能ならしめ、また、右確認の前後を通じて何ら必要適切な行政指導をなさなかつたため被告朝長、被告会社の前記のような違法行為を幇助したもので、被告区の右行為は違法である。

4  原告らの被害

本件盛土がなされ、その上に本件家屋が建てられた結果、本件家屋は周辺を見下す城のような存在となり、原告ら家屋の一階南側開口部は冬至において午前中は全部又は大部分が日影に没し、午後二時三〇分過ぎになつて漸く日照を回復するという状態であり、また、原告ら土地のうち庭として使用している部分は大半が終日日影となり、通風も害されてじめじめし、僅かな花しか咲かない状態となるなど、原告ら土地及び同家屋の環境全般が恰も崖下のような劣悪な条件下におかれることになつた。このため、原告らは、次のような損害を被つた。

一 財産的損害  原告ら各自につき一〇〇万円

右のような日照阻害をはじめとする各種の生活環境が劣悪となつたこと及び、一見して崖下の土地という印象を与えることにより原告ら土地・同家屋の財産的価値が低下した損害(但し、本件家屋の一部撤去(請求の趣旨第一項)を前提とした場合)

(二) 精神的損害  原告妙子につき一五〇万円 原告越雄につき五〇万円

(但し、本件家屋の撤去(前同)を前提とした場合)

(三) 本件訴を提起するための弁護士費用のうち相手方に負担させるべき額

原告妙子につき七五万円

5  被告らの責任

(一) 被告朝長と被告会社は前記3項(一)記載の違法な盛土及び本件家屋の建築工事を故意又は重大な過失によつて遂行することにより、原告らに前記4項記載の被害を与えている。これは、原告らの土地及び家屋所有権、人格権ないし日照権を侵害するものである。

従つて、原告らは右各権利に基づく妨害排除請求権に基づき、本件家屋の所有者である被告朝長に対し、請求の趣旨第1項記載の限度すなわち北側斜線の制限に違反する部分につき本件家屋の一部を撤去を求める。

また、被告朝長及び被告会社は、共同不法行為により原告らに前記損害を与えているので、右損害を賠償しなければならない。

(二) 被告区は、その公務員である建築主事の過失により、前記第3項(二)記載の違法行為をなしたものであるから、原告らに対し請求の趣旨第3項の損害賠償をしなければならない。

6  よつて原告らは、被告朝長に対し請求の趣旨第1項記載のとおり本件家屋の一部撤去、被告朝長及び被告会社に対し、請求の趣旨第2項記載のとおりの各損害賠償、被告区に対し請求の趣旨第3項記載のとおりの損害賠償並びに被告らに対し、不法行為の後である昭和五〇年七月一日から支払ずみまで右各金員に対する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告朝長)

1 請求原因1のうち、(一)、(二)の事実は認め、(三)の事実は否認する。(四)の事実のうち、被告朝長土地上に従来から旧家屋が存在していた事実は認めるが、原告らがその主張のような日照を享受できたのは、被告朝長が旧家屋を取毀して本件家屋の新築工事をするまでの間(昭和四八年六月から同四九年九月一八日まで)であり、また、旧家屋と本件家屋は、その絶対的高さに較差は殆ど存しない。

2 同2のうち、(一)の本件盛土がなされた事実は認めるが、その盛土は旧地盤面より八〇センチメートルの高さである。(二)の事実のうち、いずれも原告主張の頃、第一回目の建築確認を受け建築工事に着手した事実、被告区の命令で右工事が一旦停止された事実、第二回目の建築確認を受けたうえ本件家屋の建築に着工しこれが完成した事実は認めるが、その余の事実は否認する。被告区より工事の一旦停止を命じられた理由は本件盛土を理由とするものではない。

3 同3の(一)の主張は否認もしくは争う。

本件盛土をなした理由は、(一)被告朝長土地の下には、東側道路を挾んだ隣地方向から西側道路に至る廃管となつた下水管が埋設されているところ、これが充分な止水措置をとられておらず、かつ、被告朝長土地の下で破損していたため、下水が浸出して同土地の土砂を流失させ、また、土を腐蝕させて歩けば足が土中に沈むような状態となつていたため、被告朝長土地に本件家屋を建築するためには、右腐蝕土を取除いて他から客土する必要があつたこと、(二)被告朝長は、本件家屋に自家用乗用自動車のための車庫を必要としたので被告会社に右車庫を設けることを依頼し、その結果、客土の量を増して八〇センチメートルの盛土をすることにより地下型式の車庫が設計・施工されるに至つたことによるものである。

また、本件家屋は、建築基準法上の高度制限、北側斜線制限の許容範囲内にあり、何ら違法な点は存しない。

4 同4の主張は否認もしくは争う。

前記のとおり、本件家屋には何ら違法な点はなく、かつ、旧家屋と本件家屋はその絶対的高さにおいて殆ど較差がないのであり、本件家屋の新築により原告土地の経済的価値が日照阻害の故に特段に低落するという事情は存せず、むしろ、本件家屋は旧家屋に比して立派なものであり、原告ら土地の価格を上昇させる要因ともなりうるものである。

また、原告ら土地・同建物の利用方法は、原告ら自らその日照を奪つているものともいえる。すなわち、原告方南側の庭には、日照の妨げとなる背の高い木が植栽され、また原告ら家屋南側二階には本件家屋の建築と同じころサンルームを増設して階下六畳間を日光から遮断しており、家屋内の南面到る所に雑品類を並べて日光を遮断しているのであり、これらの事実からすると本件盛土及び本件家屋の建築により、特に原告らに日影の損害を発生したものとはいえない。

更に、原告ら土地の周辺において、原告らの場合と同程度或いはそれ以下の日照しか得られない住宅建物は、原告ら家屋の北側に隣接する家屋をはじめとして多数存するものである。

5 同5(一)の主張は否認もしくは争う。

原告ら家屋の北側に隣接する土地建物は、原告ら家屋により、本件において原告らが主張している日照阻害よりはるかに甚大な日照阻害を原告ら家屋により被つているのであり、原告らは他人に大なる損害を与え何らその是正の方法も講じていないのであるから、自ら受ける小なる損害もその受忍限度内にあるものというべきである。

(被告会社)

1 請求原因1につき、(一)、(二)の事実及び(四)のうち被告朝長土地に昭和三八年に二〇センチメートルの盛土がなされた事実、被告朝長土地上に旧家屋が存在していた事実は認め、その余の事実は否認する。

2 同2の(一)につき、本件盛土がなされた事実は認めるがその高さは平均八〇センチメートルである。なお、被告朝長土地の境界線に接した部分は別紙図面(三)中のBM1を基準として盛土は一三二センチメートル迄であつて、これから旧地盤の平均的高さ五二センチメートルを差引くと盛土は八〇センチメートルであり、一五三センチメートルとある部分は、北側への崩壊、浸流水の防止のための擁壁として二〇センチメートル余のコンクリートが施されているものである。同(二)に対する認否は、被告朝長に同じ。

3(一) 同3(一)についての認否は次のとおりである。

(1)のうち、原告主張の東京都告示中に原告主張のとおり規制が存すること、建築物の高さは地盤面からの高さによるものとされていることは認めるがその余は否認する。本件盛土は僅かなものであり、常識的な範囲内である。建築物の高さを旧地盤面から測定すべき合理的根拠は存しない。

(2)のうち、旧地盤面を基準として判断すべきである旨の主張は否認もしくは争う。

(3)の主張は否認もしくは争う。なお、本件家屋に設けられた車庫は、その高さの三分の一以上が地下にあり、地階に該たるものである。

(二) 被告朝長土地に本件盛土をしたのは、次の理由によるものである。

(1) 被告朝長土地は、東西にやや長い矩形で、面積が187.79平方メートルの宅地であり、別紙図面(三)中のBM1を基準とした場合、同A点付近で四五センチメートル高(同BM3点より二センチメートル低い)、同B点付近で六〇センチメートル高(同BM4点より一〇センチメートル高い)、同C点付近で六三センチメートル高、同D点付近で四三センチメートル高(同BM2点より78.5センチメートル高い)という高低差が存した。

被告朝長土地は右のような地形であり、かつ狭隘な宅地であるためこれを最大限効率的に利用しなければならないのであるが、被告朝長は事業家として活動していることもあつてその乗用する自動車を格納するための車庫を同敷地内に建設する必要に迫られていた。

そして検討の結果、被告朝長土地と道路との高低差の最も大きい被告朝長土地西北隅付近(別紙図面(三)中のD点付近)の高さを利用し地下車庫を建設することが最適であるとの結論に達したので、旧地盤面を平均八〇センチメートル盛土したうえ、車庫をその天井高二メートルの三分の一である七〇センチメートルが地下となるよう(これにより車庫は地階となる)設計・施工したものである。

(2) 被告朝長土地の西側道路は東側道路よりも低くなつているところ、東側道路を隔てた隣家からの排水管が被告朝長土地の地中を経て西側道路排水溝まで埋設されているが、その排水管が亀裂していたため長年にわたり被告朝長土地は湿潤な状態となつて旧家屋の基礎に悪影響を及ぼしており、非衛生的で建物の安全性の点からも不安な状態であつたので、この地盤の改良のためにも本件盛土が必要であつた。

本件盛土は右のような正当な理由に基づくものであるから、何ら違法な点は存しない。

(三) 建築基準法その他関係諸法令には盛土を禁止した規定が存せず、盛土は社会常識によつて規律されるべきであり、本件盛土はその程度も僅かで、必要やむを得ない理由に基づくものであつて、生活環境や地域性を蹂躙するものではなく適法である。

また、本件家屋の高さは新地盤面から計測すべきであり、このようにして計測した場合、法の許容範囲内にあり、何ら違法な点は存しない。

4 同4の主張は否認もしくは争う。

(一) また、本件家屋が本件盛土をされた被告朝長土地上に建設されても、旧家屋当時と比較して、原告ら家屋に対する日照には殆ど差が無いものである。

すなわち、本件盛土により地盤面は八〇センチメートル高くなつたが、本件家屋と旧家屋の二階迄の絶対的高さを比較すると本件家屋が旧家屋より僅か一八センチメートル高いにすぎず、また屋根の最高部分までの絶対的高さを比較すると本件家屋が旧家屋より72.6センチメートル高いものの本件家屋の二階部分は旧家屋のそれと比し、一階の外壁より一八二センチメートル南側に後退して建築されているのであり、これらの結果、冬至における日照は、本件家屋、旧家屋いずれも午前一〇時三〇分頃より回復し始め、旧家屋の場合は午後二時頃、本件家屋の場合は午後二時三〇分頃、それぞれ完全に日照を回復するのであり、その差は僅か三〇分間程度である。

そして、冬至頃における午後二時から三時までの間の僅か三〇分程度の差は、原告ら土地が被告朝長土地の裏北に位置すること、大都市における住宅情況を考慮した建築基準法の建物規制の許容範囲内にあることからして、やむを得ない当然受忍すべき限度に属するものである。

(二) 仮りに原告ら家屋に対する本件家屋による日照阻害が旧家屋よりも大きくなつたとしても、それは旧家屋の設計・構造・配置が被告朝長自身のためにそのようになつていたものであつて、原告ら建物の日照のため或いは原告らの要請によりそのようにしたものではないのであつて、被告朝長としては法規の範囲内では、独自の構想で自由に建築ができるのであり、旧家屋の当時偶々原告らが恩恵に浴していた日照に基づいて新築工事をしなければならない理由は何らなく、原告らが、旧家屋当時と同一の日照を要求することは倒錯した論理である。

5 同5の主張は否認もしくは争う。

(被告区)

1 請求原因1のうち、(一)、(二)の事実及び(四)のうち被告朝長土地上に旧家屋が存在していた事実は認め、その余の事実はいずれも知らない。

2 同2の(一)につき、本件盛土がなされた事実は認めるがその高さは八〇センチメートル程度である。(二)の認否は、被告朝長と同じであるが、被告区が工事の一旦停止を命じたのは、右工事の建物の位置及び建ぺい率の制限等において違法であることを発見したためである。

3 同3の(二)の主張は否認もしくは争う。

(一) 建築主事が行う建築確認行為は、申請に係る建築物の計画について、それが「当該建築物の敷地に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合する」(建築基準法六条一項)旨をその権威をもつて確定し宣言する行為であり、建築主事は一定の要件を備えている確認申請に対しては確認をなすべきか否かの裁量の余地をもたないものである。

(二) ところで、建築面積、建築物の高さ、軒の高さなどを算定するには地盤面が基準となる。

この地盤面に関する規定としては建築基準法一九条及び同法施行令(以下施行令という)二条二項が存するのみであるが、建築基準法一九条の趣旨は、建築物の地盤面が低いことから生ずる不衛生な点を除去し国民の健康を確保することにあり、盛土をして地盤面を高くすることを予定しており、また、施行令二条二項は、建築物がその周囲の地面と接する位置を地盤面とみることを前提としているところ、盛土をした場合には盛土をした位置が建築物に接する地面であるからこれを地盤面とする趣旨と解される。

これらによると、盛土すること及び盛土した位置を新地盤面とすることは法令上許容されているものというべきである。

もつとも、盛土をすることは日影などについて近隣居住者に影響を及ぼすことがあるので、建築主に何らの具体的必要性も認められないにも拘らずみだりに盛土して地盤面を高くすることは建築行政上好ましくないところから、盛土の高さが極端に高く、かつ、周囲の事情、従前の当該土地の利用形態等からみて著しく不相当と認められる場合には、行政指導における是正指導の見地から指導をすることはありうるが、法令上の権限として審査対象となしうるものではない。

本件の場合においては、本件盛土は、(1)敷地の衛生又は安全上から客土による地盤改良の必要があつたこと(2)自家用乗用自動車の車庫も必要であつたことに基づくものであり(右盛土の必要の詳細については相被告朝長、同会社の主張を援用する)、また盛土による被告朝長土地の新地盤面と原告ら土地の地盤面との高低差が八〇センチメートルにすぎないこと(同程度の高低差で建築確認をした事例は他に多数存する)等から、建築主事は行政指導による是正を図る必要がないと判断したものである。

(三) 本件家屋は高さに関する法の制限についても、いずれもその制限の範囲内であり法に適合しているものである。

(1) 建物の絶対的高さは、当該建築物の最高部の高さが一〇メートルを超えてはならない旨規定されているが(建築基準法五五条一項)、本件家屋の高さは前記盛土後の新地盤面から八メートルであり、右範囲内である。

(2) 道路斜線制限についても、被告朝長土地の東側では緩和された区域内で7.225メートル、緩和されない区域では5.6メートル、同南側及び西側は何れも6.81メートルの制限があるが、本件家屋の各側面からの高さはいずれも右制限内である。

(3) 北側斜線制限については、本件家屋が第一種高度地区内にあるため、本件家屋の各部分の地盤面からの高さは、当該部分から隣地境界線までの真北方向の水平距離の0.6倍に5メートルを加えたもの以下とされているが、本件家屋のうちこの制限に関連する部分は二階軒先であり、この部分から原告ら土地との境界線までの真北方向の水平距離は2.691メートルであり、従つてその高さの許容範囲は6.614メートルであるところ本件家屋の右軒先の高さは6.535メートルであるので右制限の範囲内である。

4 同4は否認もしくは争う。

5 同5は否認もしくは争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(一)、(二)の各事実及び被告朝長土地上には、本件家屋の建築前に旧家屋が存在したこと、被告朝長は、旧家屋を建て替えるために、被告会社に設計、施工を依頼したこと、被告会社が右依頼の趣旨に従つて、昭和四九年八月頃、旧家屋をとりこわし、被告朝長土地に盛土をしたうえで本件家屋の建築工事に着工し、昭和五〇年六月末頃これを完成したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二原告らは、本件盛土は、その必要性もなく、高度規制に関する法律等の規制を潜脱する目的でなされた違法なものであり、右違法行為により、原告らは損害を被つた旨主張するので判断する。

土地は連続して一帯をなすものであり、ある部分の土地が盛土されると、隣接土地の日照、通風、排水等に影響を及ぼすおそれがあるばかりでなく、後記のように盛土された場合も、原則として建物等の法令等による規制上の高さは、盛土された新地盤面を基準として決せられるものとなる結果、結果的には、建物等の高さを規制した各種の規定を潜脱することにもなりかねないのであるから、自己所有の土地を盛土することも全く自由というわけではなく、盛土することにつき正当な事由が存在しない場合、あるいはその盛土の程度が周囲の事情及び従前の当該土地の利用形態からみて不相当と認められる場合には、盛土すること自体許されないものと解すべきである。そして、右に正当な事由とは、当該土地の利用に当り、衛生、安全等の見地から必要とする場合に限らず、当該土地を効率的に利用する必要上なす場合等も含まれるが、その許容される限度については、盛土の必要性と、盛土によつて周囲に与える影響の内容、程度、当該土地及び附近土地の利用状態、地域性等を勘案して、総合的に判断すべきである。

右観点から本件盛土につき検討する。

〈証拠〉によれば、

1  被告朝長土地は、東西にやや長い矩形の土地で、北側は原告ら所有土地に隣接し、南側は、東から西へ高低差約五〇センチメートルのゆるやかな下り勾配の幅5.5メートルの道路、西側は、南から北へ高低差約35.5センチメートルのゆるやかな下り勾配の幅5.4メートルの道路、東側は高低差のほとんどない幅四メートルの道路に囲まれている(以上は別紙図面(三)のとおり)こと、

2  本件盛土をする前の被告朝長土地と隣接道路との高低差は、別紙図面(三)中のC点と同BM1点では約六三センチメートル、同D点と同BM2点では約78.57センチメートル、同B点と同BM4点では約一〇センチメートルといずれも被告朝長土地の方が高く、同A点と同BM3点では、約二〇センチメートル逆に道路の方が高かつたこと

3  被告朝長土地は、被告朝長が希望していた建物の床面積を確保したうえ車庫を設けるには、建築規制を受けるために面積が十分でなく、右土地を最も効率的に利用する必要があつたこと、被告会社は、そのため、前記のように右土地に接している西側道路が南から北へ下り勾配となつており、別紙図面(三)中のD点付近における旧地盤面と隣接道路(別紙図面(三)中のBM2点)とが約78.5センチメートルの高低差があることを利用し、同土地附近に高さ約二メートルの地下車庫(施行令一条二号の規定によると天井高の三分の一が地下に埋まれば地下室と認められる。)を建設することを案出し、そのために旧地盤面より1.3メートル出た車庫の上部を本件家屋の基礎土台とする必要上被告朝長土地上に、別紙図面(三)中のA地点付近で約八七センチメートル、同B地点付近で約七二センチメートル、同C地点付近で約六九センチメートル、同D地点付近で約八九センチメートル、全体を平均すると約八〇センチメートルの盛土をなしたこと(但し、盛土がなされたことは当事者間に争いがない。)、その結果、被告朝長土地の別紙図面(三)中のD点(新地盤)付近と隣接道路の同BM2点との高低差は167.5センチメートルとなり、同D点付近と原告ら土地との高低差は約一三〇センチメートルとなつたこと、

4  本件盛土は、本件土地の外周に沿つて、全体を厚さ約二〇センチメートルの鉄筋コンクリートをもつて固め、その外縁に沿つて、排水溝を設けた中に土を入れてなしたもので、その結果原告ら土地との境界部分において前記のとおり約一三〇センチの高低差を生じたことになるが右構造に照らし雨水等が原告ら土地内に流入するおそれはなく、右高低差に照らし、盛土自体による日照、通風等の障害も、両土地の境界上に同程度の高さの囲障が設けられた場合に比して特段異つた程度の障害を生ずるものではないこと、

5  本件土地近辺には、本件盛土程度の高さの盛土をした土地利用形態はみられないこと、

の各事実が認められる。

被告らは、本件盛土は地盤の安全確保の見地からもなす必要があつた旨主張し、〈証拠〉によれば、被告朝長土地の北側地下部分に東西に通つていた排水管が亀裂し、長年に亘つて水がもれていたため、当該部分の土地が腐蝕し、建物を新築するためには、右部分については土を入れかえて土壌を強固にする必要があつたことが認められるが、右証人の証言によつてもその範囲は五、六平方メートル程度の限られた部分であつて必ずしも盛土の方法によらなければならない程度のものではなかつたものと認められるのであつて右事情をもつて本件盛土の必要性を裏づけるには足りないというべきである。

以上のとおりであつて本件盛土は、被告朝長が、専ら本件土地をもつて、最も効率的に利用しようとしてなしたものであるが、何らの必要性もないのに徒らに盛土をしたものということはできないし、盛土自体によつては原告らの土地の利用につき特段の著しい障害を生じているものということもできない(前記認定程度の高低差を生じたことにより原告ら所有土地が崖下の土地とみられる状態になつたということもできない)から、本件盛土それ自体をもつてしては、未だ被告朝長の所有権行使の範囲を越えるものということはできず、従つて、本件盛土を違法ということはできない。

三次に、原告らは、本件家屋は、法令に違反し、原告らの日照権を侵害する違法なものである旨主張するので判断する。

1  まず原告らは、建物等の高度制限を規定した建築基準法等の趣旨に照らし、盛土したうえで建築された建築物の高さの制限については、盛土前の旧地盤面を基礎として測定して決すべきである旨主張する。

しかしながら、建築基準法上建築物及びその軒の高さとは、当該建築物の地盤面からの高さをさすところ、建築基準法施行令二条一、二項等の規定の趣旨からみると、地盤面とは、建築物がその周囲の地面と接する位置をいい、右に地面とはそれが盛土によつて生じたものを特に除外する趣旨には見られないこと、建築基準法上盛土すること自体を禁止した規定、あるいは盛土した場合旧地盤面から建築物の高さを測定すべきことを窺わせる趣旨の何らの規定も見られないことを考えると、建物等の高さの制限について、その高さを決するに当つて、盛土によつて生じた地面によらず、旧地面によつて地盤面を決すべきであるとの原告らの主張は、盛土がその構造上建物の土台と同一視される場合等特段の事情のない限り、採用できない。

そして、〈証拠〉によれば、新地盤面から本件建物の最高部の高さは約8.008メートルであり、北側の軒高は約6.4メートルであり、建築基準法上の高度規制に関する規定に適合していることが認められる。

2  次に原告は、本件家屋は旧地盤面を基準とすると三階建て建物であるから、三階を居室とする木造建築の禁止をした東京都建築安全条例七条に違反する旨主張するが、盛土をした場合における地盤面については原則として新地盤面によるべきことは右に判示したとおりであり、この理は階層を決するについても別に解すべきものではないから右主張は理由がない。

四以上のとおり、本件家屋は、その高さ、構造の点において、その建築された当時の法令等の規制に違反するところはないものというほかなく、その点において違法な建築ということはできない。

しかしながら、建築に関する法令の規制は、行政的、一般的な規制であり、これに違反しない場合であつても、建築の結果によつて、他人に損害を及ぼし、しかも当該建築が、当該土地の利用として、その限度を越えている場合においては、権利の濫用として損害賠償義務を負うものというべきであり、請求原因3(3)の原告らの主張は右趣旨を含むものと解されるので以下この点について検討する。

1  そこで先ず原告らに生じた日照阻害の程度について検討する。

〈証拠〉によれば、冬至時において、原告ら建物の一階南側居室における日照は、旧家屋が存在した当時には、午前一〇時にはほぼ全面にわたつて日影が生じたものが午前一〇時三〇分頃から除々に日照が回復しはじめ、午後一二時頃には半分弱、午後一時頃にはほぼ完全に回復すること、本件家屋では、午前一〇時ころにはほぼ全面にわたつて日影を生じたものが、午前一〇時三〇分頃から徐々に回復しはじめる点においては同様であるが、約半分弱回復するのは午前一時頃、完全に回復するのは午後二時五〇分頃になること、本件盛土をせずに旧地盤に本件家屋を建築した場合には、午前一〇時頃から徐々に回復をはじめ、午後一時頃には約三分の二が、午後二時頃には、ほぼ完全に回復すること原告ら建物の二階部分は本件家屋によつては日照面においては、影響を受けないこと、原告ら土地中庭の部分についても回復の時間は遅れるが、旧家屋の存在した当時の日影、本件家屋による日影、旧地盤に本件家屋を建てた場合の日影のそれぞれの差も、全体的に回復の時間は遅れるが、原告ら建物の一階南側居室に生ずる日影の各場合における差について既に認定したところと著しい相違はないことの各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠は見当らない。

2  ところで、居宅における日照は、快適で健康な生活を営むのに必要な生活利益であり、日照が違法に阻害された場合には、被害者のために加害者に対する不法行為に基づく損害賠償の責任を認めるのが相当である。そして、右違法性の有無を判断するにあたつては、日照の阻害が、被害者において社会通念上受忍すべき限度を越えるに至つたものかどうかで決すべきであり、そして右受忍限度を超えるものか否かを判断するにあたつては、加害行為の態様、これに対する社会的評価、加害者の意図、当該場所の地域性、侵害の程度、損害の回避可能性等を総合的に勘案して判定すべきである。よつて右観点から本件を考察する。

既に認定した各事実に〈証拠〉を綜合すると、

(一)  本件盛土は、被告朝長土地の衛生、安全面の必要から不可欠なものとしてなされたものではなく、右土地を専ら法の規定に触れないように最大限効率的に利用し、かつ経費を節約するためになされたものであること、経費、使用上の利便の点を別にすれば、地下を更に大きく掘削する等の方法により本件盛土程の盛土をすることは避け得たこと、

(二)  旧地盤面を基準とすれば、本件家屋の最高部の高さは8.808メートル、北側の軒の高さは7.2メートルとなり、建築基準法に規定する北側斜線制限に違反すること、

(三)  被告朝長土地は、都市計画上の第一種住居専用地域、第一種高度地区に指定されており、その現況も、純然たる閑静な住宅地域で平家もしくは二階建の家並みが続いた地域であること、

の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実及び前記認定の日照阻害の程度を綜合して考えると、本件盛土をしたうえ本件家屋を建築した行為は、被告朝長所有土地の利用に当り、原告ら所有土地上の日照にその受忍限度を越えて侵害を与えるもので権利の濫用というべきである。

なお、被告朝長は、仮に原告ら方の日照が阻害されているとしても、それは本件家屋によるものではなく、原告ら方の庭に植栽され、手入れされずに放置してある樹木が繁茂した結果によるものである旨主張をするが、〈証拠〉によれば、右樹木の多くは栗、梅、柿、ざくろ等の落葉樹であり、その樹幹、枝等により或程度の日影を生ずることは否定し難いが冬期における日照を著しく阻害するものでないことは明らかであるから、右被告朝長の主張は失当である。

五そこで原告らは、本件土地の所有権に基いてその妨害排除として、本件家屋のうち旧地盤を基準として建築基準法等の規制に基いて高度上の制限に違反する部分(別紙図面(一)及び(二)の各赤斜線で特定される部分)の撤去を求めるところ、本件家屋は既に完成されて居住の用に供されており(この事実は弁論の全趣旨により明らかである)、右撤去を求める部分はいずれも本件家屋の北側屋根のほぼ全面および二階北側の軒並びに北側壁面の一部におよび、その撤去により本件家屋に与える影響は極めて大きいものと考えられること、右撤去により回復される日照の程度(前記認定の本件家屋による日照阻害の程度と、旧地盤に本件家屋を建築した場合の日照阻害の程度の比較のとおり)を勘案すると、原告ら土地の所有権の行使として、本件家屋の一部撤去を請求することはできないというべきであり、右請求は理由がない。

六被告朝長が被告会社に本件家屋の設計・監理・施工を依頼し、本件家屋を所有、占有していることは当事者間に争いがない。してみると、被告朝長が、本件日照侵害につき賠償責任を負うことは明らかである。

七〈証拠〉によれば、被告会社は、被告朝長から新築建物につき、一定限度の床面積を確保すること及び車庫を建造して欲しい旨の注文を受け、他方建ぺい率等の規制を考慮した結果、前記のように西側道路の傾斜を利用して本件盛土をした上で車庫を作り本件家屋を建設する設計をたてたことが認められる。そうであるとすると、被告会社は、専門業者として、本件家屋を建築することにより、原告らに前記のような被害を及ぼすことを当然予見できたにもかかわらず、被告朝長の依頼によるものとはいえ、自ら右工事方法を発案し右設計をしたものであるから、被告会社もまた、本件日照侵害につき賠償責任を負うべきものである。

八建築主事が行なう建築確認行為は、申請に係る建築物の計画について、それが「当該建築物の敷地に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合する」(建築基準法六条一項)旨を確定し宣言する行為であるところ本件家屋の建築は、前記のとおり右建築の規制に関する各法規に反する点は存在しないのであるから、被告区(建築主事)において右建築申請につき確認をしたことをもつて違法ということはできないし、また原告主張の如き行政指導をすべき法律上の義務があるとするのも、その根拠を見出し得ない。

よつて、原告らの被告区に対する請求は理由がない。

九1  そこで、右日照阻害による慰藉料について判断するに、原告小松妙子本人尋問の結果によると、原告妙子は本件家屋完成後、前記のように一階南側居室の陽当りが悪くなつたため、一階は物置き同然に利用し、二階の居室で日常の生活をしていること、原告妙子は、夫と死別し現在独り暮しで、他に転居するあてはなく、生涯原告ら建物で暮していくつもりであることが認められる。右事実と前記認定した日照侵害の程度、態様等一切の事情を綜合して勘案すれば、原告妙子が本件日照侵害により被つた精神的苦痛に対する慰藉料の額は一〇〇万円を以て相当と認められる。

本件建物が建築された以後において原告越雄が原告ら建物に居住していないことは、同原告の自認するところである。してみると、原告越雄については本件建物及び原告ら所有土地の利用について慰藉すべき精神的損害が発生しているものということはできない。従つて同原告の右慰藉料請求は理由がない。

2  原告らは、本件盛土及び本件家屋建築により、原告ら所有の土地・建物の財産的価値が低下し、損害を被つた旨主張するが、本件盛土自体により原告ら土地の利用につき特段の障害を生ずるものではなく、外観上「崖下の土地」という状態になつたものとも認められず、これをもつて違法と断じ得ないことは既に判示したとおりであり、また本件家屋の建築により日照、通風が阻害されたからといつて、本件盛土前の地盤を基準として建築された場合との日照阻害の差が前記認定程度であるとすれば、これによつて土地の経済的価値自体が減少したと断ずることはできないし、他に原告ら主張の損害を認めるに足りる証拠は見当らない。

3  原告妙子が本件訴訟を遂行するために原告訴訟代理人弁護士に訴訟委任をしたことは本件記録上明らかであるところ原告妙子の慰藉料請求につき認容すべき前記損害額及び本件訴訟の遂行上の一切の事情を考慮すると、原告妙子が同弁護士に対し支払うべき報酬額のうち二〇万円を以て被告朝長、同会社の右不法行為と相当因果関係のある損害を認めるのが相当である。

一〇以上のとおりであるから原告らの本訴請求は、原告妙子の被告朝長及び被告会社に対する不法行為による損害賠償請求中一二〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五〇年七月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(川上正俊 満田忠彦 関洋子)

目録(一)(二)(三)(四)〈省略〉

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